神戸グルメゲリラ

Nukko Nuko, sometimes gourmet blog

西元町コロッケが本日をもって閉店、超悲しいです。

2個、お願いしますと、注文すると「すいません。本日をもって、閉店なんです。」と、告げられてしまったのです。

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僕はコロッケが大好きでして、中でも西元町コロッケが大好きでして、ほぼ毎日、通ってました。さぁ今日もコロッケ買おうかなと、1個にするか2個にするか、どうしっよかなと、とても気軽に買える街の小さな小さなコロッケ屋さん

あまりの衝撃で、閉店の理由をお尋ね出来ませんでした。悲しくて悲しくて、泣きながら走ってコロッケ2個を持ち帰りました。

とってっも美味しかったんですよ西元町コロッケ、たぶんいい油で揚げていて、いつ食べてもサックサクなんですよ。ソースなしでも美味しいのが、かなり完成度の高いコロッケやと思います。

それが明日からは、もう食べれない、今この目の前にある2個が現存する最後のコロッケ、今日で地球滅亡で、食べるものが、このコロッケ2個だけのような悲しさに襲われまして、食べてしまうと、本当に終わってしまうような、食後の喪失感が、食べる前から襲ってきて、益々悲しくなってきました。

でも今日中に食べて、お別れを告げなくては、いけません。

ひと口、頬張るごとに、涙が出るでしょうか、もうそんなのを想像してしまうと、もう今から涙がスタンバイしだしました。

 

前回のブログで、こんなことを書いてまして

薄っすらと奥底に不安めいたものを感じ取っていたのかもしれません。

それがまさか、このような形で現実化するとは、とても悲しいです。

また来たくなる西元町の小さな小さなコロッケ屋さん

でもこんな景色もいつまで続くのだろうか

まったり流れるコロッケの時間とは対称的に

変わりゆく街の風景のスピードは

人々を置き去りに

先へ先へと移ろいゆく

 

西元町コロッケ、小さな小さなコロッケ屋さん - 神戸グルメゲリラ

 

何が悲しいかというと、自分の趣意や嗜好のお店が、次々無くなってしまうと、何か自身を構成しているパーツも同時に削り取られていって、環境と共に、自身が変容させれるのではないか、時間の経過による人間の老化と環境の変化のスピードは、方向性でいえば、古くなるものと、新しくなるもの間で

・「コロッケを忘れた人たち」と、時代が泣いているのか

・「時代に合わない古きものは消えていく」と、人が泣いているのか

時代が人に合わせているのか、人が時代に合わせているのか、哲学的に興味深いところですが、そいういった齟齬を起こしているのが、今の時代でしょうか

 つまりは、コロッケひとつが生き残れない世の中の淘汰って、悲しいよね

って想いが、あると思います。

 

さようなら

大好きだった西元町コロッケ

そして、今まで美味しかったコロッケの幸せに

ありがとうございました。

朝顔の花を捧げたいと思います。

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