神戸グルメゲリラ

Nukko Nuko, sometimes gourmet blog

いつも持ち歩いてるマイしょうゆ

持ち歩いてる言っても手に持ってる訳ではありません。そっとカバンに忍ばせていて、何かの時に、しょうゆがあればなぁーって時に、じゃじゃんって取り出して、垂らして食べると、めっちゃヒーローになれるのです。

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めっちゃ小さい手のひらもないでしょうか、100mlです。130円です。どぼどぼ、ぶっかけて使わないので、案外、減りません。130円ですが、実は割高でして1Lに換算すると、1300円のしょうゆですが、そんな高いしょうゆは売ってないほど、超高級しょうゆって事になります。

しかしながら、スペックは特選丸大豆高級しょうゆでして、原材料は大豆と小麦と塩の3つのみで作られていて、よく入ってるアルコールとかカラメルとか入ってなくて、香りが、すっごくいい、しょうゆ香りがしまして、例えばコロッケなんかに、かけてると、ソースだと表面だけですが、中の芋に染み込んで、抜群に美味いコロッケになっちゃたりします。

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本日は出張でして、ホテルで100円ショップの安っすい摘みとビール、なんでこれ、こんな旨いんですかね、特にこの3つで100円のコロッケ、ぱっさぱさなんですよ、もはや乾き物です。

だがしか~し!!ビールとめっちゃ合うのですよ!ヤバイぐらいw

明日、大雨で身動きとれない可能性ありますが、その場合は、ホテルに避難して、またこのセットが出来るというか、帰れなくなって、ずーっとこれやってだけのお仕事になってしもた場合は、まっいっか!って感じの自堕落の底の底まで落ちてみたいと思います。

話し変わりますが、自堕落ついでに、坂口安吾の「堕落論」ってのがありまして

これを小説にしたやつが同じく坂口安吾の「白雉」ってのがありまして、エロいというか、この小説、結構好きなんですよ。堕落論では人間が堕落しそうになったとき、正しく落ち切る事が重要だ!ってことなんですけど、落ち切るとは、どういう事なのか?

堕落する時、中途半場に落ちてはならない、プライドも完全に捨てて、底の底まで完全に落ち切ってしまうこと!ならば、あとはもう上がるしかなのだから!

人間が人生に失敗してどん底に落ちていく時、ある意味、落ち切ってしまった方が楽なのに、足掻いたりするものだから、余計に辛くなる。正しく落ち切ることが出来れば、その後、生まれ変われる可能性が高くなる。死なずとも人生を2回、生きれることとなる。堕落のしかたを説いているんだけど、解釈が結構、難しいんですよ。

落ちて落ちて、そのうち底にぶち当たって、もうこれ以上、落ちんやろって、とこまで落ちなさいって事らしいです。まぁ人生、失敗しても、そんな大袈裟に考えるな!もう1回生まれ変われ!って解釈してます。

解りやすい例えとしては

難病で死を宣告された人が、手術しても生きれる確率がほぼゼロだとします。

もうこれ以上はないところまで、その人は落ちてるので、仮に手術が大成功して奇跡の生還をしたとします。

その人のこれまでの人生での価値観は、おそらく一変し、まったく別の価値観で、2回目の人生を歩むはずです。

ここまで語ってしまった経緯としては

ビールとお摘みで自堕落感を感じたならば、本当はビール2本飲みたかったのに、1本だけに自制した段階で、堕落論的には正しく落ち切っていないんですよ

正しく落ちるとはの堕落論、わかるかなーわかんねだろーなー

では