神戸グルメゲリラ

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3.11震災10年目の節目なんですけど

3.11当日、10年前

神戸にて足の手術で全身麻酔、手術中に地震があり、手術後も痛みに魘され、まともに意識が戻ったのは2日後でした。神戸でもめちゃ揺れたみたいで、そんな大地震が起きてるとも知らず、ベッド上で体を固定され魘されていて、テレビを付けようにも手足の自由か効かずリモコンも操作できず、漏れ聞こえてくる入院患者さんの会話から何か恐ろしい事が起きているのを察知、看護師さんにテレビを付けてほしいと懇願するも、見ない方がいいですよ。治療に専念して下さいといわれ、地震の被害状況を聞かされました。あなたの今の体力状態でテレビを見るのオススメできませんが、手元にテレビのリモコンを置いて下さり去られていきました。

テレビを付けると、何がどうなってるのか、3日ほど情報が抜けてるので

時系列に状況を理解できず、すごく頭の中が混乱し、心拍数もかなり上昇し、術後、体がヨレヨレでしてたので、気分がすげー悪くなったの覚えてます。

ほんでもって原発が爆発する映像が繰り返し流れ、えっ!と、ベットに体を固定され身動きできない状況下で、いてもたっても居られない気持ちで、悶々とテレビを見続けていたら、術後の足の状況も心配でしたが、それよりもこの国、大丈夫なんかと、もういいか、ワイの足なんかって、すっげー投げやりな気持ちになったの覚えてます。

10年目の節目なんですけど

実際ところ、被災した人たちは、もう10年も早々と経過してしまったのかって想いがきっとあるとと思います。

恐ろしいものですよ10年ってのが、こんな短いものなとかと感じてしまう感覚

自身の失われてしまった10年という時間感覚のあっけなさ

もし地震がなかったら、この10年、色々とやりたい事があったはずで、その時間の中で、どう人生を育んできただろうと考えるときの切なさといいましょうか

ただそれは考えるといったところで、その10年は完全に失われしまっており

その喪失感に悩まされるのが、この節目である10年なのかと思います。

結局、これからなんですよね

これから先、さらに10年、喪失感の中を漂うのか

失われた10年をどう取り戻すかの、新たな歩みになる節目とするか

神戸は原発は無かった中での今年26年ですが、

ここが決定的に違うヘビーな部分があって

この先、神戸における10年目の節目の歩み以上に厳しい

そんな10年目がスタートなのかと

取り戻すというのは命も含め時間もそうですが、やっぱ不可能という中で

でも取り戻せたという新たな幸せに向かって生きていくことの難しさ

そんな経験の中、悩み続けるもの同志、追悼とエールを送るしかないと思うも

国のある県において発生した事的な感覚として語られる恐ろしさというか

地震に対する無力感がそうさせてしまうんですかね。

ならば明日は我が身という想いがもっとあってもいいと思うんですが

地震における人間の無力さと恐怖

何の因果か無慈悲に暴力的に命を奪われ、納得できる救いさえ無い

思うも、せめて個人が出来る事といえば

この節目で祈るということだけでして

人は無力と知った上で、何か抗ってみせる

そんな風に見えて仕方ないんですよね

去年のルミナリエの写真を貼っておきたいと思います。

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